この四月で引退が決まった、ピースボートのチャーター客船"ビッグ・ホワイト・シーラカンス”「ザ・トパーズ」。
彼女の半世紀以上に渡る、三万トン超の客船としては常識外れに長命な彼女の一生をわたしの拙いイラストで振り返ってみたいと思います。
1955年、イギリスはグラスゴーにあるフェアフィールド造船所でエリザベス女王の命名により進水式を終えた彼女は、翌1956年に英国カナディアン・パシフィック・ラインの欧州〜カナダ東岸航路の客船、「エンプレス・オブ・ブリテン」(25516トン)として完成しました。
当時は定期航路の貨客船と言うことで、船体後半部にも貨物倉が設けられていました。
カナディアン・パシフィック・ラインの旅客サービスの撤退により、1965年に彼女はギリシャのグリーク・ラインに売却され、ギリシャ〜アメリカ航路の「クイーン・アンナ・マリア」(21716トン)として再起を図ることになりました。
この頃、大きく改造を受け、後部の貨物倉は客室となり、プロムナードデッキが船尾まで延長されてラウンジ(現在のブロードウェイ・ショウラウンジ)が増設されています。
ちなみに完成当時同型の姉妹船だった「エンプレス・オブ・イングランド」(1957年建造)は同じ頃イギリスのショウ・サビル・ラインに売却され、「オーシャン・モナーク」と改名して1970年に初来日もしていますが、エンジントラブルなどから1975年には台湾で解体されて19年にも満たない短い生涯を閉じています。
このことからもトパーズがいかに長寿な船かよく判ります。
やがて航空路線の発達で定期航路は急速に衰退。
グリークラインの解体で売りに出された彼女に目を付けたのは当時新興のクルーズ会社だったアメリカのカーニバル・クルーズ。
1975年、彼女の準姉妹船だった「マルディ・グラ」(旧名エンプレス・オブ・カナダ、27250トン、1961年建造)に続く第二船「カルニバーレ」(27250トン)として華々しくカリブ海クルーズに登場しました。
現在ではキュナード、プリンセス、ホランド・アメリカと言った老舗の客船会社を次々に飲み込んで世界最大のクルーズ会社に昇りつめたカーニバルの礎を築いた船と言っていいでしょう。
やがて年老いていった彼女は1993年、急速に成長を遂げながら増殖を続けるカーニバルのクルーズ船隊から弾き出されるように子会社フィエスタ・マリーナ・クルーズに移籍、ファンネルマークはそのままに船名を「フィエスタ・マリーナ」と改名されました。
「フィエスタ・マリーナ」として就航したのはほんの数ヶ月、カーニバルグループを追われた彼女を救ったのはギリシャの老舗客船会社、エピロティキ・ラインでした。
1995年、「オリンピック」(31500トン)として命名された彼女は、ライトパープルの衣装を身に纏い、再びギリシャ船としてエーゲ海クルーズに就航します。
ちなみにこのエピロティキ・ラインの客船「オケアノス」(14000トン、1957年建造)を一時ピースボートがチャーターしていたこともあります(この船はその後、沈没)。
その後、1997年、この会社は同じギリシャのサン・ラインと合併し新会社ロイヤル・オリンピック・クルーズに彼女も移籍したものの、新会社の若返り政策の下ですぐに売られることになってしまいます。
次に彼女を救い上げたのは同じギリシャ系の現在の船主であるトパーズ・インターナショナル社。
大改装の後、「ザ・トパーズ」(32327トン)という名前でイギリスのクルーズ会社トムソン・クルーズのチャーターにより欧州水域でクルーズすることになりました。
この時の改造工事により、ブリッジ前方のデッキに客室が、プロムナードデッキの最後尾部分の上階にレストラン(現在のヨットクラブ)が追加され、現在のトパーズのスタイルが出来上がっています。
2002年、トムソン・クルーズの親会社であるイギリスのTUIグループのファンネルマークに変わり、船体下部が薄いブルーに塗装されました。
2003年、トムソンのチャーターが終了、さてそろそろ引退と言う時に目を付けたのが、当時使用していたウクライナ客船「オリビア」(15791トン、1976年建造)の代替船を探していた日本のNGO団体のピースボートです。
なにかこの塗装のイラストになるとほっとして、一番彼女に似合っているように見えるのはひいき目でしょうか?
2003年6月14日、東京港晴海埠頭を出港したピースボート第41回クルーズ「地球一周の船旅」から始まり、現在航行中の第60回クルーズまで17回の地球一周クルーズにチャーターされ、ピースボートの客船としては最も長い距離を航海した客船となりました。
こうして1956年4月のリバプール出港からちょうど52年目に当たる今年の同じ4月、彼女の客船としての歴史が静かに幕を閉じようとしています。
このあと、彼女にどんな運命が待ち受けているのか、誰にも分かりませんが、いまはピースボートとして世界に平和を運ぶ航海が無事終了するのを只々祈りたいと思います。
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<追記>
と、こんな記事を書いてアップしたら、地球一周クルーズ中の南アフリカでトパーズの乗客42人を乗せたツアーバスが崖から転落し、一人が重傷、18人が軽症というニュースを耳にしました。
最後のクルーズでなんたること…どうなってしまうのかかなり心配です。
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<追記、その2>
その後、重傷者は3名に増えたものの、ザ・トパーズの航海そのものには支障が無く、次港ケープタウンに向けて、リチャーズベイを無事出港したそうです。
お怪我をされた方々は大変にお気の毒ですが、今後、何事も無きことを切に願いたい気持ちです。
こんなにたくさんの姿を描いてあげてこの船もどんなにか嬉しいことでしょう、船になり替わりポチ論を贈呈させてくださいませ。
PUNIP様の愛着ひとしお、最後の船出で事件が…心残りですね。
何だかこの船の末の運命を感じてしまいさびしい限りです。
トパーズ船客が事故、重傷者もいて心配です。
マスコミが又、見当違いの記事を書き、クルーズ
こきおろしにするのでは・・・
トパーズの歴史、大変興味深く拝見しました。
長生きの船、幸せですね。
ボチ!!
らつ子さん、種明かしをしますと、このいくつもの絵は、ひとつだけエムプレス・オブ・ブリテンの絵を中途半端に描いておいて、それをコピーして船体前後の甲板室やら、デリックポストやら、ファンネルマーク等を描き入れて、着色したものです。
それでもこの船に愛着があることにはまったく変わりはありません。
これだけの歴史を持つ名船、引退は本当に残念です。
たかまるさん、おっしゃるとおり、また何もわかっていないマスコミがこの事件でまた「危険だらけのクルーズ!」なんて見当違いの記事を書かないことを祈るのみです。
ポチ、ありがとうございます。
これは素晴らしい!エンプレス・オブ・ブリテンからザ・トパーズまでの変遷がわかりやすく解説されています。ちょうどどこかにこんな資料がないかと思っていたところです。ありがとうございました。
ゴッドマザーがエリザベス女王とは、当時のイギリスの客船の中でも期待の大きかった船だったのでしょうか。
松本あずささん、トパーズの引退を知ってから急遽作成したものですのでところどころ間違いもあるかも知れません。
でもこういうのって自分で作っていてなかなか面白かったです。
こんど別の船でもやって見ます。変遷の面白い船はたくさんあるので
この船は戦後初の英国〜カナダ航路の定期客船のはずで、それだけ英国にとって大事な使命を担っていたのでしょうね。
いきなりコメントしてごめんなさい。
あまりの傑作にPochiさせてください。
この船へのPUNIPさんの愛情が深く伝わってきたような気がします。
シンプルなイラストもいいですね〜。
トパーズの引退は残念ですね〜。
ポチ☆。。。
とんとんさん、いきなりコメント(笑)&ポチありがとうございます。
これだけ由緒正しき船ですから愛着もひとしおです。
本当に残念でなりません。でも今度のピースボートもそれなりに由緒のある船ですのでヨロシクね。
mokoさん、最近はちょっとこうしたバックの無い船だけのイラストに凝っています。
なんと言っても簡単に描けるし…
ポチありがとうございます。
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