このブログにご訪問いただいている方の中には、上の絵を見て懐かしいとお感じになる方もいらっしゃることでしょう。
昭和四十年代、「氷川丸」がまだグリーンの塗装のユースホステルだった頃の横浜港大桟橋を描いて見ました。
画面右がソ連のナホトカ航路客船「バイカル」(5223トン、1962年建造)、左がアメリカン・プレジデント・ラインズの客船「プレジデント・ウィルソン」(15359トン1948年建造)、奥がイギリスP&Oの巨大客船「キャンベラ」(45733トン、1961年建造)です。
象の鼻地区から見た当時の常連客船が大桟橋に集合した風景ですが、いろいろな写真を参考にして想像で描いたもので、実際にこの様に並んだ事があるかどうかは定かではありません。
もしこんな風に並んだとしても「バイカル」と「P・ウィルソン」の間はもっと離れていて、あいだにタグボートが数隻、船尾を大桟橋にくっつけて接岸しているのが正しい姿だと思います。
さらに手前の海面には無数の荷役用バージやら通船が浮かんでいたはず。
もっと完璧を期すなら「キャンベラ」の隣りに商船三井の移民客船「あるぜんちな丸」か、フランス郵船(メッサジュリ・マリティム)の「ラオス」あたりを添えると良かったのでしょうが、この絵は最近自分がよく使っているハガキサイズなのでとても描ききれませんでした。
当時の客船に詳しい方は想像してみて戴けると幸いです。
QE2来航前の横浜ではこの「キャンベラ」が最大の外国客船で、日本最大の客船は1万トンクラスの南米移民用貨客船、日本海を越えてソ連に渡る航路には現在の伊豆七島航路ぐらいのサイズの小さな客船が遠き欧州まで向かう若者たちを乗せて就航していました。
毎月のように横浜を訪れていたアメリカ船籍の客船の姿は現在では見られませんが、かわりにアメリカに本拠を持つ巨大資本の超大型クルーズ客船が毎年、ここにやってきます。
時代は流れ、変わっていってもここ、大桟橋の賑わいは今も昔も変わりません。
参考図書;横浜大桟橋物語(JTBキャンブックス刊)
長い旅路の途中の大桟橋に停泊。
船も疲れたような…哀愁さえ感じます。
傑作にポチ論!です。
何時もすばらしいスケッチを拝見して感激しております。きっと絵の先生でしょうが。船の描き方教室はたいへん参考になりました。
らつ子さん、この当時はクルーズではなく外国定期航路全盛の時代。
米国やソ連、豪州から遠くはヨーロッパ、南米までピストン輸送。たしかに疲れきった感じはあるかも知れませんね。
ポチ論、ありがとうございます。
トシさん、わたしは絵の先生でもなんでもありません。ただの素人です。たぶん船の描き方も自己流なのであまり参考になるかどうか…でも絵なんて楽しく描ければそれでいいので十分楽しんでいます。
トシさんも船の絵を描いてぜひブログにアップしてください。
わたしよりずっとお上手かも知れませんね。
懐かしい船ばかりです。小学生の頃、週に3日は大桟橋に通ってた私には思い出の船ばかりです。
キャンベラは子供の私には見上げるような巨船で、大変美しいでした。黄色い煙突をいつもタッチアップしてました。作業する人がとても小さく見えた事を憶えてます。
プレジデント・ウィルソンは頻繁に入港してましたね。姉妹船にプレジデント・ルーズベルトと言う船もありましたね。貨客船でも貨物船的な雰囲気がつよい船ですが、船らしい船でした。
バイカルは小さいけど客船らしい船。いつも薄汚れた感じでしたが、親しみを持っていました。こちらも姉妹船にハバロフスクという船があったような・・・。
これらの船、もう1隻も残ってないんですね・・・。
fu_mi4さん、このころの定期客船はおそらくもうほとんど残っていないでしょうね。
ただ、毎年春に世界一周クルーズでやってきていた客船は、ロッテルダム、サガフィヨルド、クングスホルムなどが健在です。
最近「横浜大桟橋物語」を愛読しています。4月3日のパシフック・サンは見ることが出来ないのが残念です。トシ
yatokkoさん、今年から来年に掛けては新規来日客船で横浜港大桟橋はとても賑わいそうです。
「横浜大桟橋物語」は実に楽しい本ですね。
シドニーの小野です。
1971年3月21日、大学3年だった僕は1年間休学して横浜からこのキャンベラでメルボルンへ向かいました。
当時は1,2等制で4人部屋でしたが、若い学生さんにはとんでもなく豪華でした。
世界中から若い人たちが乗船しており、等級制定期船の最後を飾る船旅でした。その後Northern Starでイギリスに渡り、当時はやっていたシベリア鉄道、バイカル号経由でちょど1年後の3月20日に横浜港にたどり着きました。その時、隣にはロッテルダムが停泊していて乗船していたNorthern Starがカリブ海のジョージタウン(トリ二ダッド)に寄港したとき、隣に接岸していて船内を見せてもらい、横浜に着いたらびっくりしたのが、今でも鮮明に思い起こされます。
小野勇雄さん、いろいろな船にお乗りになったのですね。
詳しい解説ありがとうございます。
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