
懐かしの東海汽船「あじさい丸」

mr. punipcruises
船舶専門の画家、イラストレーター。本格海洋画風作品から水彩画、コミカルなイラストまで画風にこだわりを持たない。船旅専門誌のイラスト記事、横浜港の広報誌の表紙、レストランクルーズ船のパンフレット、クルーズ客船のギフト商品パッケージイラスト等を制作。クルーズ客船のキャラクター「クルボン」の原作者 東京海洋大学やクルーズ客船船内で水彩画教室を開催、年に1回、横浜で個展を開催、2019年秋には神戸でも個展を開催した。 少年時代に伊豆大島に行って以来、船と船旅の虜となり、故柳原良平氏の著書を読み船の絵を描き始める。 初代さんふらわあや初代にっぽん丸にも乗船したが、その後二十数年のブランクを経て船旅と船の絵を再開した。 水に浮かぶ乗り物なら渡し船からカーフェリー、離島航路等なんでも乗るが、家庭の事情から長期の外航クルーズ客船にはなかなか乗れていない。 公式サイトはこちらからどうぞ www.punipcruises.com
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先日、東海汽船「さるびあ丸」の東京湾クルーズでお世話になったToshi@maruさんのリクエストで、同社(船舶整備公団と共有)の下田〜伊豆諸島航路の貨客船「あじさい丸」(595トン、1962年建造)です。
わたしが学生時代、スキューバダイビングで大島に訪れたときに、なぜか元町港の桟橋で停泊中の姿を見かけたことがありました。
当時よく利用していた「かとれあ丸」や「さるびあ丸」(初代)に較べるといかにも小さな貨客船で、よくこんな小型船で黒潮を渡って遥か離島まで航海出来るものだなぁと感心したことを覚えています。
今考えてみればごく当たり前なのですけどね。
晩年は神新汽船にチャーターされて、下田〜新島〜式根島〜神津島航路に就航。イラストはその頃の下田入港中の姿ですが、1988年に現在の神新汽船「あぜりあ丸」にバトンタッチして引退しました。
昭和30年台から40年代にかけて流行した,煙突がすごく細くて後ろのマストと一体になった「マックファンネル」というものを採用しているため、一見煙突が無いように見えてしまいます。
以下はToshi@maruさんの解説より引用です。 ありがとうございました。
晩年はローカル航路に徹しマイナーな船となってしまい、印象の少ない船のようですが、「あじさい丸」が建造されなければ、「かとれあ丸」や「すとれちあ丸」も産まれてこなかった・・・・といっても過言ではないくらい小粒でピリリ・・・の貨客船でした♪
昭和37年、東海汽船と特定船舶整備公団(当時の名称)との共有船として建造された近代化第一船で公団初の近海区域の航海資格を有する客船でした。
新造時の就航航路は東京発でも大島航路でもなく、下田〜新島〜三宅島〜神津島〜下田航路でした、週末は東京〜大島・三宅島航路等にも就航しました、下田発となったのは前年の伊豆急行の伊東〜伊豆急下田開業が影響してると思われます。
近海区域船として八丈島や青ヶ島にも就航しさらに昭和44年には東京都チャーター便として前年返還された小笠原(父島)への来航も果たしています。
その後は「かとれあ丸」「ふりいじあ丸」「さるびあ丸」といった新造大型船におされローカル航路を務め上げ、昭和53年の航路改変の際には引退か・・・・?と思われましたが近海区域船であった堅牢な船体とサイズが功を奏し所要の改装工事の上、神新汽船に傭船され更に10年古巣の下田〜各島〜下田航路を務め上げ、天寿を全うし「あぜりあ丸」のその任を譲り引退しました。
コメント
15件こういう、ゆ〜がなお船をチャーターして、ひたすらぼおお〜〜っ・・と海を眺めていたいな・・☆
お久しぶりです。 なんだか遠洋マグロ延縄船を思わせるプロポーションですね。 600トンという総トン数もほぼ同じだ。 ・・・まさかね・・・。

音実さん、こんな船をチャーター出来たらいいですね。 でもこの船は古い離島航路用の貨客船なので決して優雅なお船ではありませんよ。 でもその質実剛健さが魅力でもあるのですが・・・

カワイさん、たしかにスタイルに似通ったところはありますが、遠洋マグロ延縄船の改造船ではありません(たぶん) わたし好みのデザインです。
あらら・・そうなんですか?? このカラーリングとか・・かなり好み、なのですが〜〜(^^ゞ でへっ・・・
あじさい丸ではありませんが、その昔、さつき丸という船で、大島に 出掛けた事があります。 まだ、船が好きになる前で、結構、揺れたのと、気持ちが悪くなって しまい、下船してからも、地面がゆれている感じで困りました。
遅くなってしまいましたが・・・・ 早速♪描いていただきありがとうございます。 こちらに書き込みしましたら、文字数制限にかかってしまいましたので、詳細はあちらに記させていただきました。 よろしくお願いいたします。 船おじさんサン♪「さつき丸」に乗られた経験があるのですね、いつ頃のご利用だったでしょうか・・・? あの船は確かに・・・・(爆! よろしかったらあちらものぞいて見て下さい「さつき丸」に会えるかも・・・・です・・・☆

船おじさん、あの伝説の名船(?)「さつき丸」に乗船したのですか! 大正時代に建造された客船が昭和後期まで生き残っていた稀有な例ですよね! わたしは残念ながら見たことも触ったこともありません。 すごくうらやましいお話ですが、あのクラシックボディで大島までの乗船はやっぱりきついかも(笑)

Toshi@maruさんの掲示板でのこの「あじさい丸」の詳しい解説、こちらに転記させていただいてよろしいでしょうか? 「さつき丸」、めちゃくちゃ描きたい気持ちが湧いてきました! お楽しみに!
PUNIPさん、転記の件、了解です(^^) 煮るなり焼くなり・・・・お好きなようにご利用下さい♪ 「さつき丸」趣のある良い船でしたよ・・・☆ 三菱長崎の建造でそこここにいい雰囲気でした、ただ船足が遅いのと揺れは致し方なかったですね・・・・(..)
スキューバ、なさっていたのですね〜♪ マロはシュノーケリング?止りです〜(^@^; バックの山のタッチが素敵です〜(^@^* pochi

toshi@maruさん、「さつき丸」はあの船齢ではさぞや船足は遅かったでしょうね。見る分には最高のデザインなのですが・・・ ところで、「うるめとびうお」さんのHPでこの船の「伊豆箱根丸」時代を含めていくつかの写真を拝見したのですが、どうも「さつき丸」になってから船尾の形状がカウンタースターンから普通の丸い船尾に変わってしまったように見えるのですが、このあたり改造を受けているのでしょうか?とても気になります。

とんとんしゃん、わたしはスキューバはしばらくやったら飽きてしまい、シュノーケリングに戻ってしまいました。 バックの山を褒めていただきありがとうございます。
始めまして。過去記事にコメント失礼いたします。 懐かしのあじさい丸の姿、こんなに素敵な船だっけ?という位美しいです。 私は船は苦手で花火のときに乗ったぐらいですが、島を一回り乗っておけばよかったかな…

まいまいさん、はじめまして!コメントありがとうございます。 どちらかの島のかたなのでしょうか? 本土とのあいだの大事な交通機関として皆さん重宝されていたのでしょうね。





