ことしもまたあの日がやってきました。
1月17日は阪神淡路大震災が起こってちょうど15年目
震災よりもだいぶ昔、西宮に住んでいたことのあるわたしにとってあの出来事は本当にショックでした。
当時、神戸と大阪を結びながらレストランクルーズ航海を行っていたこの「シルフィード」(2138トン、1993年建造)は震災後、寸断されてしまった阪神間を結ぶ重要な復興支援船として活躍、多くの被災者や支援物資を運んだそうです。
やがて神戸の街はある程度落ち着きを取り戻したものの、レストラン船としての「シルフィード」の客足は減る一方で、ついに震災の2年後に航路廃止となって小豆島に係船。
しかし翌年、「コンチェルト」という新しい名前を得て見事に神戸港で復活。現在でも復興なった神戸の港を元気にレストランクルーズ船として大活躍しています。
イラストは一昨年に神戸港でわたしが撮影した「コンチェルト」の画像をもとに描いたものです。
「シルフィード」時代の船体色等がわからなかったのでモノクロで仕上げてしまいました。
海の向こうではカリブ海のハイチで震災があり、数万人の犠牲者と数十万人の被災者が出ていると言う辛く悲しいニュースが入ってきています。
日本からも一刻も早い救援の手を差し伸べてもらいたいものです。
懐かしいですね〜。
震災前に、大阪湾クルーズで昼間に一度乗船したことがあります。
神戸だけでなく以前のように天保山からも乗れるようにして欲しいものです。
これも1月17日ゎ震災の日だて知てたですょ
それと山口百恵さんのぉ誕生日でもぁるですょ☆
これのぉじさんがぃつも17日になるとそのぉ話するですょ
それにしてもPUNIPサンの絵ゎぃつも素敵だなぁぁ(≧∀≦)♪
ポチぃぃ☆
私…当時…働いてましたぁo(^-^)o
凄く楽しい職場でしたよ(*^o^*)
いちろうさん、現在は本格的なレストラン船は大阪港には存在しないのが残念ですね。
同じような東京港でも4隻のレストラン船があるというのに・・・
今度、神戸でぜひ乗船してみてください。
マリちゃん、震災の日はどこでどうしていましたか?
みんなその日のことはしっかり覚えているのではないでしょうか?
少なくともわたしはTVで阪神高速が倒壊しているのを見た瞬間のことを決して忘れることは無いでしょう。
マロンさん、そうでしたか・・・この船はヨーロッパの高級ヨットのイメージでかなり力を入れて作った船だったと聞いています。
楽しい職場だったのでしょうね。
今でもとても楽しいそうです。
PUNIPさん、遅ればせながら、シルフィードの記事を書いてみたので、TBさせていただきました。
だいぶ古い写真でしたので、参考になるか分かりませんが、今度色付で描いてみてください。(とリクエストしてみる、、、)
このすけさん、シルフィードの写真、ありがとうございました。
見てみるとマストは黄土色、デッキの壁は一部ウッドのような茶色みたいで、より魅力的な気がします。こんど色つきで描いてみますね。
はじめまして、神戸港の記事を探していた最中にgoogle検索で見つけて、寄らせていただきました。
震災の前、93年にこの船の最上階のレストランバーで、音響の仕事をしておりました。ディナークルーズでピアノの弾き語りをされるピアニストの方にマイクを出しながら、カウンターの中で心地よい揺れと音楽を楽しんでおりました。当時大学生で田舎の小都市から出てきた身にとって、海上から眺める神戸市街の明かりは大都市神戸を印象づけるものでした。非番の日にわざわざmozaicに出かけていって、妖精をかたどった青のロゴマークの映える白い船体をながめたことが。(写真撮っておけば..)
震災後神戸の町から足が遠くなってしまいましたが、また訪ねたいです。今度は客として、ごちそうと船窓からの眺めを楽しみたいです。
ロゴマーク下の「sylpheed」文字はグレーだったかと。
かわかみみおさん、はじめまして!ご訪問&コメントありがとうございます。
とっても素敵なお仕事をされていたんですね。
いまでも「コンチェルト」に名前は変わっても、素晴らしい航海と食事は相変わらずだと思います。
ぜひ、神戸に足を運んで乗船してみてください。当時の思い出を胸に・・・
内緒さん、コメントありがとうございました。そんな思い出があったのですね。
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