
日本郵船貨客船・阿波丸

mr. punipcruises
船舶専門の画家、イラストレーター。本格海洋画風作品から水彩画、コミカルなイラストまで画風にこだわりを持たない。船旅専門誌のイラスト記事、横浜港の広報誌の表紙、レストランクルーズ船のパンフレット、クルーズ客船のギフト商品パッケージイラスト等を制作。クルーズ客船のキャラクター「クルボン」の原作者 東京海洋大学やクルーズ客船船内で水彩画教室を開催、年に1回、横浜で個展を開催、2019年秋には神戸でも個展を開催した。 少年時代に伊豆大島に行って以来、船と船旅の虜となり、故柳原良平氏の著書を読み船の絵を描き始める。 初代さんふらわあや初代にっぽん丸にも乗船したが、その後二十数年のブランクを経て船旅と船の絵を再開した。 水に浮かぶ乗り物なら渡し船からカーフェリー、離島航路等なんでも乗るが、家庭の事情から長期の外航クルーズ客船にはなかなか乗れていない。 公式サイトはこちらからどうぞ www.punipcruises.com
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8月15日は終戦記念日
イラストは戦前に建造された日本郵船の豪州航路用貨客船、阿波丸(11249トン、1943年建造)です。
三菱重工長崎で完成したときにはすでに開戦していたため、商業航路に就航せず、すぐに陸軍に徴用されました。
1945年4月1日、日本占領地におけるアメリカの捕虜のための物資を運ぶという「安導権」つまり米軍から攻撃されない権利を与えられた病院船(緑十字船)として行動中、台湾海峡沖で米潜水艦の雷撃により沈没。
2000人を越える乗員、便乗者のうち、生き残ったのはたった1名でした。
沈められるはずが無い船を攻撃され、亡くなっていった多くの民間人の方たちの驚きと無念さを考えると、描いていて胸を掻き毟られるようなつらい気持ちになってしまいました。
なお、この船の沈没当時の船体の色はこのイラストのようなグリーンと、通常の病院船と同じ白という二つの説がありますが、この絵では緑色の船体色に塗ってあります。
戦後、この事件をもとに浅田次郎氏が「シェエラザード」という小説を書き、数年前TVドラマ化されています。
コメント
12件なんとも哀しく、やるせない気持ちでいっぱいになります。 とっても美しい船ですね・・平和な時代に活躍してほしかったですね。

キキさん、戦前に生まれた船の多くは悲惨な末路を辿っていますが、この船の場合はとくにつらいです。
素敵に描かれた船だから一層、船の、人の運命を感じてとっても悲しいです。 この終戦記念の日によくぞ公開してくださった… 悲劇と向き合わなくてはいけないと思います。
本でこの船のことについて読んだことありますが、米軍側としては軍需物資を搭載しているかもしれない程度の憶測で撃沈したとか・・書いてました。 「シェエラザード」は知りませんでした。このての小説は大好きなので買って読んでみます。貴重な情報ありがとうございました。

らつ子さん、そうですね 悲劇から目を背けていては何も生まれません。 悲劇が繰り返されるだけだと思います。 こういった船を描かなくてもいい時代に早くなって欲しいです。

クマオさん、この船の撃沈に関しては謎が多いようですね。 小説シェエラザードでは弥勒丸という名前のもう少し大きな(おそらく浅間丸クラスかそれ以上)を想定した客船の設定になっています。
阿波丸には残念なことに多数の軍人軍属が乗り軍需物資が積まれていたそうです。もちろん、国際協定上船長らは大反対したが、時の軍部は結局押し切ってしまった。潜水艦がなぜ攻撃したのかなど撃沈の謎はともあれ、そういう無理強いをする日本軍のやり方には、心残り有るものがありますね。 他の商船でもあったことのようです。
(阿波丸)沈没について、成山堂発行の(阿波丸撃沈)があり潜水艦クイーンフイッシュによる顛末、軍事裁判対応、損害請求権、引揚げ競争 など出ています。(阿波丸)の記念碑が東京の増上寺と奈良漣じょう寺にあります。

fismajarさん、やっぱりそういう事実があったのでしょうね。 あの橘丸も病院船時代、傷病兵に見せかけて元気な兵士を輸送して拿捕されていますし・・・やりきれない話です。 国際法を破ってまで戦わなければならなかった日本軍って一体なんだったのでしょうか?

たかまるさん、阿波丸についての詳しい資料のご案内、ありがとうございます。 この絵もだいぶ間違いが多いかもしれません。
私の母の弟、私の叔父が乗船していて亡くなりました。 そのことで、私は跡取りが無くなったははの実家を継ぐことになりました。増上寺にもお参りしたこともあります。

jyarantonさん、ご訪問&コメントありがとうございます。 戦争は色々な人々の運命を変えてしまうものなのですね。





