
CAP TRAFALGAR

mr. punipcruises
船舶専門の画家、イラストレーター。本格海洋画風作品から水彩画、コミカルなイラストまで画風にこだわりを持たない。船旅専門誌のイラスト記事、横浜港の広報誌の表紙、レストランクルーズ船のパンフレット、クルーズ客船のギフト商品パッケージイラスト等を制作。クルーズ客船のキャラクター「クルボン」の原作者 東京海洋大学やクルーズ客船船内で水彩画教室を開催、年に1回、横浜で個展を開催、2019年秋には神戸でも個展を開催した。 少年時代に伊豆大島に行って以来、船と船旅の虜となり、故柳原良平氏の著書を読み船の絵を描き始める。 初代さんふらわあや初代にっぽん丸にも乗船したが、その後二十数年のブランクを経て船旅と船の絵を再開した。 水に浮かぶ乗り物なら渡し船からカーフェリー、離島航路等なんでも乗るが、家庭の事情から長期の外航クルーズ客船にはなかなか乗れていない。 公式サイトはこちらからどうぞ www.punipcruises.com
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1914年9月14日、第一次世界大戦の最中、史上まれにみる客船同士の海戦を行ったことで有名なドイツ、ハンブルグ・サウスアメリカ・ラインの客船「カップ・トラファルガー」(18710トン、1914年建造)です。
戦った相手は老舗英国キュナード・ラインの大西洋航路客船、初代「カーマニア」(19650トン、1905年建造)
もちろん、2隻とも通常の商船としての就航中ではなく、仮装巡洋艦としての作戦行動中の戦闘だったわけですが、こうした大型客船同士が砲火を交えるということは当時としても非常に珍しいことだったようです。
連合軍側の「カーマニア」は通常のキュナードカラーではなく、グレー一色の軍艦塗装。
いっぽうこの「カップ・トラファルガー」も絵のような平常時の姿ではなく、三本目のダミー煙突を撤去してさらに残った二本の煙突を上が黒、下が赤に塗り分けてなんと敵のキュナード客船にそっくりに偽装していました。
つまり、「カップ・トラファルガー」は大きさも似通った「カーマニア」クラスの船に化けていたわけで、戦闘に参加した当の「カーマニア」のクルーたちはなんだか仲間の船を相手にしているようでさぞかし複雑な気分だったろうと思います。
さて、南大西洋、ブラジル沖トリニダデ島付近で行われたこの海戦、どちらが勝利を収めたかは皆さんで調べてみてください。
イラストは就航直前の姿をいろいろな当時の写真をもとに空想で上空ショットで描いてみました。
参考文献 新見志郎氏著 「白鳥の戦い」
コメント
4件軍艦の併走は、仮想のものなのですね。 此処で正解を書いて良いのでしょうか? 『カップ・トラファルガー』が転覆していますね。 カーマニア号は、12cm砲を積んでいますね。 装填・照準が、難しいかも知れないので、どれだけ活躍したのか解りませんが、Webサイトを信じるとしたら、たいへんな状態です。 日本の輸送船団の写真は航空写真以外見当たりませんから、これは、黙して瞑すべしなのでしょうね。 今回は、絵の素晴らしさは勿論認めるのですが。 亡くなった方への冥福をお祈りします。
これもドイツっぽいですが、ブリッジの直後がウィンターガーデンでしょうか。 しかし大西洋航路の船は北米航路でも南米航路でも乾舷が高いですね。たくさんの乗客を収容するためでしょうか。そういうところはオーシャンライナーとクルーズ船で似ていなくもないかな。

みいにゃんさん、この絵はすべてわたしが空想したもので、軍艦はもちろん当時のドイツの戦艦をイメージしています。 で、正解はおっしゃる通り「カップ・トラファルガー」の敗北…沈没で終わっています。「カーマニア」のほうも敵の105ミリ砲で相当のダメージを喰らった、とても客船同士とは思えない激戦だったようです。 こんなことに客船はもう二度と使われたくないものです。

Berlinerさん、同じハンブルグ・サウスアメリカ・ラインの「カップ・フェンステレ」=「大洋丸」と似通ったところがずいぶんあります。 もちろんブリッジの後ろが「冬園・wintergarten」でした。 彫刻を施した大きな噴水の周囲に数多くの熱帯植物が植えられ、オウムやインコといった鳥たちが飛び回っていた温室だったそうです。 現代のクルーズ客船のような遊び心にあふれていますね。





