
RMS LACONIA acrylic painting

mr. punipcruises
船舶専門の画家、イラストレーター。本格海洋画風作品から水彩画、コミカルなイラストまで画風にこだわりを持たない。船旅専門誌のイラスト記事、横浜港の広報誌の表紙、レストランクルーズ船のパンフレット、クルーズ客船のギフト商品パッケージイラスト等を制作。クルーズ客船のキャラクター「クルボン」の原作者 東京海洋大学やクルーズ客船船内で水彩画教室を開催、年に1回、横浜で個展を開催、2019年秋には神戸でも個展を開催した。 少年時代に伊豆大島に行って以来、船と船旅の虜となり、故柳原良平氏の著書を読み船の絵を描き始める。 初代さんふらわあや初代にっぽん丸にも乗船したが、その後二十数年のブランクを経て船旅と船の絵を再開した。 水に浮かぶ乗り物なら渡し船からカーフェリー、離島航路等なんでも乗るが、家庭の事情から長期の外航クルーズ客船にはなかなか乗れていない。 公式サイトはこちらからどうぞ www.punipcruises.com
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今月の26日から横浜港大さん橋で開催されるキュナード・ラインの客船の絵画展に出展するわたしの作品をちょっとご紹介
1922年(大正11年)12月28日、ワールドクルーズでホノルルから太平洋を越えて横浜港にやってきた北大西洋定期航路の客船「ラコニア」RMS LACONIA(19680トン)です(翌年1月3日まで滞在、次港は神戸)。
絵は大さん橋Dバースに停泊中の姿を象の鼻の船溜まりあたりから見た風景をわたしの想像で描いたもので、当時の象の鼻突端にはこんな大きな灯台(?)が存在していたんですね。
このクルーズ、アメリカン・エクスプレスのチャーターのもとに行われた世界最初の世界一周クルーズで、もちろんキュナード・レッドの煙突が日本の港に姿を見せたのも初めてのことです。
このクルーズの成功により同社はこの船のほかにも「カリンシア」「フランコニア」といった中型客船を毎年のようにワールドクルーズで日本に送り込んできました。
戦後は緑の女神様こと巨大一本煙突の「カロニア」、ご存じ「クイーン・エリザベス2」「クイーン・メリー2」そして今年の3代目「クイーン・エリザベス」とキュナード社とYOKOHAMAのつながりは脈々と続いていくことになります。
そんな日本と歴史的な関わりを持ったこのキュナーダーも第二次大戦中はお決まりのように兵員輸送船に徴用されてしまいました。
そして1942年9月、西アフリカ沖合で数多くの民間人やイタリア人捕虜を乗せて航海してるところをドイツ潜水艦に雷撃されて沈没…
その攻撃したUボートが生き残った乗員や乗客を救助しているさなか、今度はその独艦が米軍機に攻撃を受け、助かったはずの多くの「ラコニア」の乗客乗員が命を落とすという実に悲惨な事件を起こしています。
この話はのちに「ラコニア号事件」と呼ばれ2010年には英国でドラマ化もされています。
その予告編はこちらでご覧ください。
コメント
5件私たちが船旅を楽しめるのも、 平和あってこそですね!(^-^)/ 幸せをくれる客船が、 二度と戦争用に使われないように願います。 キュナードは優雅ですね!(^-^)/ あこがれの客船ですが、 衣装がたいへんそうです。

かっくん、そうなんです。こんな事件はもう絶対に起こって欲しくないですね。 でも大正時代からワールドクルーズで横浜にキュナードの客船がやってきていたなんてすごいと思いませんか? 2等と3等船室は閉鎖して1等オンリーだったようです。
こんにちは この船のエピソードありがとうございました 大さん橋に展示されているノルマンディも戦時中の徴用で複雑な話がありましたよね 火災転覆を起こして 使えないから解体とか なんとも悲しい話でしたよね 戦時中の客船の運命があまりにどの船も哀れな結果が多くて 調べるほどに悲しくなりますね 逆に氷川丸の強運さが今更ながら凄いですよね 受験シーズンですが ここの操舵室の神棚をお拝んだほうがよさそうですよね^^;

yuさん、古い船ほどいろいろなエピソードがあって調べていくといろいろなことがわかってきます。 ただ戦争による結末がやはり一番悲しいですよね。 そう考えてみると「氷川丸」が現代に存在するということ自体、すごいことだと思います。 末永く保存してもらいたいでもらいたいものです。
なにやらどこかの政治家さんが超党派で国の重要文化財指定に働きかけてるとも聞きました そうなれば船体保存の経費もかなり補助が出て郵船におんぶに抱っこでなくなり 本格的な船底部の補修も可能になるかもしれないですね(^_^)





