
USOウェブニュース、11月8日付けより転載>
日本一周クルーズも最終段階に入った横浜港の保存客船「氷川丸」は本日早朝、小笠原諸島の父島に到着し、小笠原村中の漁船やレジャーボートの大歓迎を受けて二見港に入港した。同港では全長と喫水の関係で残念ながら二見桟橋には接岸せずに、ほかの大型クルーズ客船同様の沖合いでの停泊となったが、おりから二見桟橋に停泊中の「おがさわら丸」の乗客や乗員、そして父島島民が歴史的なこの船をひとめ見ようと港周辺は大混雑になった。同船は11日(水)まで同港に停泊・滞在して、乗客200人はこの東洋のガラパゴスといわれる島の自然を堪能する。その後は再び伊豆諸島に沿って北上し、19日(土)には千葉県 館山港に入港する予定になっている。
イラストは父島二見港入港直前に境浦沖を通過する「氷川丸」、その右の白い小さな客船は母島行きの貨客船「ははじま丸」(490トン、1991年建造)です。
手前の入り江の海上に見える黒い岩のような並びは太平洋戦争末期に、海軍輸送船としてこの海域で行動中に米軍の攻撃を受けて座礁した、大連汽船の貨物船「濱江丸」(5814トン、1936年建造)の変わり果てた姿。
この境浦の海岸からスノーケリングでも十分に辿り着ける場所に座礁しており、わたしが二十数年前に大学の卒業旅行でこの父島に行ったときは真っ赤に錆付いてはいたものの十分に船の形を保っており、デッキには樹木まで生えていたものですが、長年の風雨(特に台風)に晒されて朽ち果て、現在では干潮時にエンジンの一部などが海面に現れる程度になってしまっているようです。
氷川丸よりも6年新しい船なのですが、現役航海をしたのはたったの8年間だけ・・・2隻の運命の違いをつくづくと感じさせられます。
ちなみにもともとはどんな船だったかというとだいたいこんな感じの船だったようです。

すみません、かなりいいかげんな絵です(汗)
さて来週末にはいよいよ「氷川丸」は東京湾に入ります。
彼女の5ヶ月を越える長い航海もいよいよクライマックスです。
<pre class="wiki">なお、何度かご案内していますが、これらの「氷川丸」日本一周の記事は、わたしPUNIPが勝手に考えた仮想(ヴァーチャル)クルーズであり、現実の話ではありません。 くれぐれも日本郵船さんや二見港など、関係各機関に問い合わせたりなさらないようお願いします。 本物の「氷川丸」はずっと横浜港、山下公園に繋留されています




コメント
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おはようございます。小笠原・二見港内ブイに到着ですね。 おがさわら丸は着岸中or航行中でしょうか。 一昨年の2月に小笠原に行きましたが私が宿泊した 民宿は沈船「濱江丸」のすぐ近くにありました。 久しぶりに旅行時に撮影した写真を見てあの旅を思い返しました。
「二見港」それどこ?と言っていたのは30年も前のこと。 小笠原がアメリカから返還されて間もない頃、練習船寄港地に二見港とあった時の話。。。 「伊勢か」と話しながら小笠原と知った時の感激は今も脳裏に残っています。まだまだ、日本人顔をした人が少なかった。。。 入港したとき「濱江丸」の姿をシンミリと眺めていました。
おお〜それではボチボチ山下公園に停泊しているエア氷川丸の空気を夜中に抜いてこないと〜(^^ゞ
長かったクルーズももうすぐ終わりますね。 南の島で少し休んで、最後の航海に向け英気をやしなって下さい
二見港に「氷川丸」がお目見えしましたね。 波もなく航海日和だったようです。 ちょうど境浦近くにある「賓江橋」から撮影できたので ゲストブックに張り付けておきました。 よろしかったら見て下さい。
KUJIRAさん、本文にも書いてありますように「おがさわら丸」はこの日、ドック入り前の最終便の出港を間近に控えて二見桟橋で準備中でした。 「濱江丸」の姿はわたしが見たときとすっかり変わってしまっているので驚いています。
地図屋さん、そうなんですよね。30年以上昔はここは日本ではなくてアメリカ合衆国だったのですよね。 わたしが行ったころも街並みや島民の方の雰囲気がどことなく日本離れしたところがありました。
yuさん、あれって空気を入れて膨らませていたんですか?それじゃあものすごくでかいコンプレッサーが近くにあったのですね!気が付かなかった(笑) わたしはてっきり木造かFRP製だと思っていました。 いずれにしろもうすぐお役御免ですね。
浦郷湾さん、ほんとうにもうすぐこの旅も終わりです。ここに立ち寄ることが出来てよかったと思っています。 最後まで「氷川丸」にご声援をよろしくお願いします。
ogamaruchanさん、お待たせいたしました、二見港入港です。ゲストブックに境浦の写真をありがとうございました。 またもう一度この目で「濱江丸」を見てみたいものです・・・完全に消え去らないうちに・・・
父島・・ラジオの気象情報などで聴く「はるか遠い・気になる島」でした・・(^^ゞ・・綺麗なんだろうなあ・・
昭和50年代前半に行ったのが発小笠原でした。 港の近くにPXの様な店があり夜そこの壁をスクリーンがわりに映画上映していました島の人が座布団を持って三々五々集まって来て、なんかいい感じでした。
この際、せっかくなんで小笠原近くの架空の港に寄港を考えてみました。 架空の島の架空の都市にある架空の港です。 明日あたり公開します。
音実さん、綺麗な島ですが、本当に遠いです。 ま、またその遠さが魅力なのですが・・・
セールフォーさん、わたしが行ったのも昭和50年代です。 たしかに当時は本土のTVが全く映らなかったので、おっしゃったような夜に開かれる映画上映が唯一の視覚的娯楽でした。 わたしも島の人と一緒に「西遊記」を見たのを覚えています。 ときどきスクリーンをコウモリが横切るのがいかにも南国らしくてよかったです。
からやさん、どんな島のどんな港なのでしょうかねぇ ぜひ見せてくださいね。
氷川丸、架空の港、新琉都・比嘉港へ寄港。 http://homepage1.nifty.com/fsnaha/hikawahigaport.jpg 比嘉港は、沖縄の東約1000km、九州・パラオ海嶺内の架空の島成無島にある大都会、 新琉都の港。
からやさん、ありがとうございます。素敵な架空の港ですね。
PUNIPさん ようやく35年前の写真を見つけました。
地図屋さん、拝見しました。 35年前と言うとわたしが訪れたころより昔ですね。 まだ完全に船の形を保っていたようです。 沖合いにテトラとかで防波対策をしておけばいまだにこの姿は残っていたのでしょうが・・・予算、そして環境保護の観点から自然に任せるほうがいいのかも知れません。 難しい問題です。