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クルーズ旅行を、みんなの経験から。

M.S.JAPANESE DREAM

前回、今年の3月に横浜港に寄港して話題になった青函航路の高速フェリー「ナッチャンworld」を描きましたが・・・

「津軽丸」型の青函連絡船も かつては横浜港を出入りしていた時期があったのをご存知でしょうか?

以前にも描いたことのある、「十和田丸」改造の横浜〜神戸間定期クルーズ客船「ジャパニーズ・ドリーム」通称「JD」です。

クルーズ船にするにあたっては、船体のかなりの部分を改造して、ちょっと見ただけでは青函連絡船とは思えないような外見になっていますが、船首からブリッジにかけての造型と2本の煙突には当時の面影が十分に残されています。

濃紺の船体に金色の細いシアラインが一本引かれたカラーリングもとても上品でシックなイメージで1990年から同航路に就航しましたが、経営難のためで1992年早々には撤退を余儀なくされました。

当時の横浜港停泊中の写真を見てみると、現在の姿になる前の大桟橋D岸壁に左舷付け(これも津軽丸クラスの特徴)で接岸、神戸では新港ポートターミナルO2バースに接岸していたようです。

横浜と神戸という二大国際客船ターミナル港をまたに掛けていた、しかも元青函連絡船という船ファンなら堪らない航路だったのですが、時代が早すぎたのでしょうか?

船が小さい割には航路が波の高い太平洋というのも難点だったのかも知れません。

撤退後はフィリピンに売られ、フローティングホテル「フィリピン・ドリーム」となってつい近年まで存在していたようです。

マニラ湾に浮かぶ彼女の最晩年とおぼしき貴重な姿をY!ブログ仲間の讃岐丸船長さんが上空から撮影されていますのでご覧ください。

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コメント

4件

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鉄
鉄軌星斗2009年10月12日 22:39

PUNIPさま こんばんわ。 PUNIP画伯、あなたはどうしてこんなに私の心の琴線触れる作品を描いて下さるのですか! 昭和63年の初夏から秋にかけて行われた青函連絡船のイベント運航にも乗ったのですが、2回行ったうちの1回が最終便に乗る旅でした。その私が乗ったイベント運航最終便こそ、函館発青森行きの『十和田丸』でした。 その後、『JAPANESE DREAM』になってから何度か神戸で見ましたが、写真を撮ったのはなぜか1回だけ(泣)。『クリスタルハーモニー』(現『飛鳥』)の回航を観に行く前に、当日がJDの入港日だということで訪れたポートターミナルで撮りました。あのときは、姿は大幅に変わってしまったとは言え、再会に胸が熱くなったのを覚えています。 今思えば、何でもっと撮っておかなかったのか不思議です。 もしかしたら、連絡船時代の記憶と思い入れが強かったため、改造後の姿をまだ受け入れることができなかったのか、見るのが怖かったのかも知れません。 先日の『摩周丸』に続いて、楽しかった当時を思い出して今夜夢に見てしまいそうです…。 ありがとうございました! では、失礼します。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2009年10月14日 23:13

鉄軌星斗さん、気に入っていただいてよかったです。 わたしは結局一度も実物を見ずに終わってしまいました。 当時は正直言ってこのスタイルにどうしても違和感を覚えてしまって、あまりみたくなかったのは事実です。 でも今こうして描くに当たっていろいろな資料画像を見返してみるととっても素敵な船だった気がします。 やっぱりみておくんだった〜(泣)

D
DOCK2011年6月23日 14:49

PUNIPさんは描いてらっしゃるだろうと思い、探したらやっぱりあった!(笑) この「JAPANESE DREAM」。 横浜〜神戸間の運行だったので、地方には全く縁が無かったのですが、何故か広島にも来航した事があるんですよ。 その時の様子を不鮮明な画像ですが、恥ずかしながらアップ致しましたので、トラバさせて頂きますね。 古い記事へのコメントで申し訳ありません。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2011年6月23日 21:55

DOCKさん、トラックバックありがとうございます。 この船の就航末期のころはけっこういろいろなところに臨時クルーズをしていたみたいです。 青森や函館に里帰りクルーズをしたこともあるらしいですよ。

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