
なつかしの東海汽船フリートシリーズもだいぶ船が新しくなって1978年建造の貨客船「すとれちあ丸」(3709トン)です。
同社の客船としてははじめてフィンスタビライザーと可変ピッチプロペラを採用し、東京〜三宅島〜八丈島航路に就航しました。
それまで美しいスタイルの純客船ばかりを就航させてきた会社だけに、このどちらかと言うと実用重視の骨太なデザインの貨客兼用船は正直言って最初はかなり戸惑いましたが、見慣れるといかにも離島航路らしく力強い雰囲気で好感が持てます。
このあたりの船にメッチャ詳しいtoshi@maruさんによりますと、晩年は東京〜大島〜各島航路にも就航したのち、2005年をもって引退。
現在は香港船籍の船体ブロック運搬専用貨物船に改造され、「常秀丸」と言う名前で中国と広島の造船所を結ぶ航路でタンカーやコンテナ船などのブリッジ部分を運んだりしているようです。
広島周辺に在住のかたはもしかしたら見たことがあるのではと思いますが、「すとれちあ丸」当時の面影は全くといっていいぐらい無いそうです。
ちょっと残念かな





コメント
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おはようございます。引退して貨物船に改造したんですか。 足早に首都圏から姿を消したんですね。
就航してすぐにこの「すとれちあ丸」に乗って三宅島に島流しされました(笑) 行きの船中一泊だけで三宅島では泊まらずに帰る弾丸ツアー。 もちろん親父がこの船に乗りたいからという強制ですが… 「すとれちあ丸」も3年前に退いていたんですね。
kujiraさん、わたしも一度だけこの船の現在の姿を写真で見たことがありますが、全くといっていいぐらい別の船になっています。 フィリピンに売られたと聞いたときはてっきり現地でフェリーになるのかと思っていました。
こじ太郎さん、お父様もすごいフットワークだったのですね。 わたしも見習わなくっちゃ(笑) 来年は「さるびあ丸」で三宅島夜行日帰りしてみようかな? 息子はたぶん付いてこないと思いますが・・・
はじめまして、素晴らしいblogですね。 私の子供頃、祖父母が大島の元町に住んで居たので夏休み遊びに行った時、毎日元町港で東海汽船の船を見ていました。当時は活気があり 夏の東京船は朝何艘も来たのをおぼえています。 あこがれの橘丸、新船のかとれあ丸、熱海、大島間100分が売りのはまゆう丸、乗るとよく揺れた、あけぼの丸など思い出します。 できれば、はまゆう丸とあけぼの丸の雄姿を描いてほしいと思いす。 宜しくおねがいします。 私も伊豆諸島めぐりの乗り継ぎ船旅をしてみたくなりました。
ccommonthymeさん。はじめまして!コメントありがとうございます。 東海汽船の船にずいぶん乗られているのですね。 「あけぼの丸」は近いうちにアップするつもりです。 今後ともどうぞよろしくお願いします。
すとれちあ 無骨な船でしたが好きです 昭和天皇も乗船されましたよね!