コンテンツへ移動
クルーズ旅行を、みんなの経験から。

徳島航路客船「あきつ丸」

昨日、ライトグリーンのなつかしい外国客船「フランシス・ドレイク」のイラストをアップしましたが、淡緑色の繋がりで今日は共同汽船が阪神〜徳島航路に運航していた客船「あきつ丸」(1038トン、1937年建造)です。

わたしの場合、客船大好き歴はものすごく長くて三十年以上前の少年時代まで遡るのですが、そのころ初めて関西を旅したときに大阪港外で廃船寸前のこの船を見かけたことを記憶しています。

そのときに自分が乗っていたのは関西汽船の「あいぼり丸」か「こばると丸」のどちらか・・・

どちらも現存しない船ですが、当時としてはまだ新しくとっても綺麗で、この「あきつ丸」を見たときはまるで幽霊船のようでびっくりしたことをよく覚えています。

いまから考えれば戦前建造で、あの天才船舶デザイナー和辻春樹氏のデザインの流れを汲む実に趣のある素晴らしいスタイルをした船なのですが、当時のガキンチョには判るわけがありません(泣)

そんなこんなで時は流れて先日、よく訪問させていただいているホームページコチャックの操舵室2(このブログにもよくコメントを寄せてくれるtoshi@maruさんも執筆されています)の掲示板でこの「あきつ丸」の大阪港外で撮影したと思われる画像を発見!

前述した大昔にわたしがこの船を見たときのイメージとあまりに近いのでたまらず撮影者のしゅうさんにお願いしてイラストに描かせていただきました。なるべくもとの写真のイメージを壊さないように描いたつもりですがやっぱり写真の独特の雰囲気の再現は難しいです。

しゅうさん、改めましてありがとうございました。

このブログは、書いた人のサイトから取り込んだ記事です。元の記事を読む

コメント

14件

感想や質問を書くと、書いた人にお知らせが届きます。

M
maro2009年5月23日 08:50

わぁ〜♪何だか親しみがあるお船にも似ているなぁ。 優しい感じが 船からも伝わってくるなんて素敵ですね(^@^* pochi

し
しゅう2009年5月23日 16:07

PUNIPさん 皆様 初めてお邪魔させて致します。私のへたな素人写真から このような素晴らしいイラストを描いていただき本当にありがとうございます。写真より全然いい雰囲気が出てますね^^ もしお暇な時があれば是非 瀬戸内の古い客船達を描いていただければ幸いです。こちらこそありがとうございました。

地
地図屋2009年5月24日 05:51

名前が懐かしい!! 船に憧れる機会になった船の1隻です。大阪天保山桟橋から神戸中突堤に寄って徳島まで毎日往復していました。 何回か乗船したこともあるような・・・

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2009年5月24日 23:43

とんとんしゃん。「親しみがあるお船」ってどんなのか?気になります。pochiありがとうございました。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2009年5月24日 23:51

しゅうさん、イラスト化ご快諾、本当に感謝です。 瀬戸内海にはこのほかにも珠玉のような客船たちが数々就航していました。 また色々描いてみますので今後ともよろしくお願いします。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2009年5月24日 23:54

地図屋さんも何度乗船されていたのですか・・・うらやましいです。 今は阪神間から徳島に向う旅客航路は存在しないのが実に残念です。

来
来島ゆう2009年5月28日 23:15

月初めにはお世話になりました、こちらでは初めまして。 あきつ丸・・・前に絵葉書で見た初代こがね丸などを思わせるカタチです。この名前の船と言うとフェリーのそれを思い出してしまいますが、その先代はこんなにシックな客船だったのですね。 不便なことも多かったのでしょうが、出来ることならこのような客船全盛期にタイムスリップしてみたいものです。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2009年5月29日 23:50

来島ゆうさん、コメントありがとうございます。 関西汽船は系列の昔の船の名前を最近のフェリーに使うことが多くてわたしのような古い船ファンには嬉しい限りです。 またこんなシックな客船を見たいですね〜

明
明石海峡2号ブイ2009年11月20日 18:00

私もこの船に何回も乗りました。この航路(阪神・小松島間でした。徳島沖洲へはフェリーになったあきつ丸です)には関西汽船の太平丸も投入されていました。たしか、この船は昭和24,5年頃の台風で一度沈没しているはずです。絵を描かれたときは船体色淡緑色でしたか?私が乗っていたころは黒でした。太平丸は淡緑色だったとおもいますが。 写真あるのですか?探索してみます。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2009年11月22日 23:12

ech*g*_200*さん、上の解説にもあるようにこの絵はしゅうさんという方が撮られた写真をもとにして描いたもので詳しいことはよく判りません。 わたしが見たときもこの色だった記憶がありますので晩年は黒から塗り替えられたのではないでしょうか?

ス
ステイ2009年12月12日 14:39

なつかしい船名です。子供のころよく乗りました。遅かったと思いますが 静かな船でした。多分蒸気船だったかなと思いだしております。ディぜルの船は振動があって好きにはなれませんでした。

明
明石海峡2号ブイ2009年12月14日 12:03

ステイさんも乗られましたか。本船阪神・小松島航路にずっと貼り付けでしたね。フェリーになって3時間20分(徳島沖州まで)になりましたが、本船の時代は4時間以上かかっていましたね。 ただ、本船も太平丸その他僚船もディーゼルエンジンでした。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2009年12月14日 21:06

ステイさん、この頃の小型客船はほとんど全てディーゼルエンジンだったはずですので特別静かな設計だったのかも知れませんね。 タービンエンジンは初代「にっぽん丸」で実際に体験したことがありますが、あまりに振動が少ない(というか無い)のでびっくりしました。

森
森 ユキヒト2016年10月30日 15:29

懐かしく、故郷の香りがします。船は、よく揺れ、母が叱るにも関わらず、はしゃいでいました!懐かしく忘れられません。あきつ丸に、もう一度乗りたいです。

送る時にログインします。書いた文章はこの端末に残ります。

mr. punipcruisesさんのほかのブログ

すべて見る