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クルーズ旅行を、みんなの経験から。

新天地へ

以前にもこの南米移民用貨客船「ぶらじる丸」(10101トン、1954年建造)の絵を水彩で描いたことがあったと思いますが、先日、横浜港新港埠頭にあるJAICA(国際協力機構)横浜のなかにある海外移住資料館に展示してあった模型をラフスケッチして、それを元にアクリル画にしてみました。

前回、VLOCのBRASIL MARUと一緒に描いたのはこの船の竣工直後、大阪商船時代のパープルグレイの塗装の頃のものでしたが、この絵は晩年、商船三井客船(日本移住船)のころの姿です。

数万人もの日本人の新天地への夢と希望を載せて南米とのあいだを往復したその姿は今でも中国は広東省湛江市に行きさえすれば見ることは可能です。

でも先日、鳥羽に旅をした際に十数年前まで保存されていた岸壁あたりを歩いてみましたが、この船がそこにいた痕跡を探すことはとうとう出来ませんでした。

ただ泊まった宿泊施設のカウンターの向こうに古い鳥羽付近の観光案内のボードがあり、そこにこの船の名前を発見したときはちょっと嬉しかったです。

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コメント

2件

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や
やいま2009年9月18日 12:50

今、ブラジル丸は鳥羽にないんですか まったく知りませんでした 子供の頃見て、今も鳥羽だと信じていました

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2009年9月19日 22:42

やいまさん、たしかに保存船ってずっとそこにあり続ける物だと思ってしまいますよね。 「ステラポラリス」がまだ西伊豆に入り江にいると思っている人も数多いのではないでしょうか?シクシク・・・

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