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クルーズ旅行を、みんなの経験から。

SOUNDS OF SETO

広島県福山市沼隈町にかつて存在したテーマパーク「境が浜マリンパーク」を拠点に活躍していた国内最大規模のレストランクルーズ船「サウンド・オブ・セト」(5176トン、1966年建造)

もともとは国鉄の宇高連絡船「土佐丸」。この船を宇高航路廃止後の1989年に中堅造船会社の常石造船が大掛かりに改造して作ったものです。

内装、外装含めてその改造具合は半端ではなく、連絡船当時の面影を留めていたのは船尾と船体の下部にすぎなかったと言われ、その美しい姿は瀬戸内海でも際立っていたことでしょう。

晩年はいろいろなチャータークルーズにも駆り出されて神戸、広島はもちろんのこと、東京や青森までも遠征したそうです。

2000年に引退後、インドネシアに売却、現在の動向は判っていません。元気でいるといいなぁ

先日、このブログで同じ常石造船系の「トロピカル・レインボー」の記事を書いたときにコメントをいただいた、元乗務員のかたの文章の中にこの「サウンズ・オブ・セト」の船名を見つけ、思い出して描いてみました。

このブログは、書いた人のサイトから取り込んだ記事です。元の記事を読む

コメント

15件

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M
maro2008年4月20日 01:14

そんなに大きなクルーズ船が日本に居た懐かしい時代もあったんだね。 今 このお船、何処でどうやっているんだろう〜って気にかかるPUNIPしゃんの優しさにホロリときました。(T@T)

S
saKicho2008年4月20日 08:28

阪神淡路大震災の前年、神戸港第4突堤ポートターミナルOバース(西側)から出港していこうという時を見たことがあります。 仕事の休憩中で"写るんですよ"をいつもポケットに押し込み散歩をしているときでした。カッコいい船でしたね懐かしいです。瀬戸内海クルーズにはいいサイズかもしれませんね。

A
Anton2008年4月20日 10:54

こんなに大きなレストラン船があったのですね。ロイヤルウィングとは全然違います。今も元気かな。サビサビじゃなきゃいいな・・・。 常石造船はいまや海外にも拠点を持ち、二つの造船所を擁する国内5位の造船会社ですから、中堅というより大手になりましたね。

え
えびはらまなみ2008年4月20日 11:20

IMOナンバーを頼りに追いかけてみたら、インドネシアの船級協会のデータベースのMabuhai Nusantaraのお名前の旅客船にたどりついた。インドネシアのPrima Vista PTがオペレータになっている。船級としてはActiveで登録が残っているので、実際に活躍しているかどうかは別にして、お船としてはまだご存命みたいだ。byな

ら
らつ子2008年4月20日 14:47

乗船した船は勿論、どの船でも後の運命が幸せであることを 祈られずにはいられませんね。 SOUNDS OF SETO も永遠に! 空、くものにじみが素敵な船を一層引き立てていると思います。 ポチ論!です。

こ
こじ太郎2008年4月20日 17:25

連絡船時代の土佐丸に乗船したことがありますが、廃止後はこんな姿になってたんだ(驚) そういえば青函連絡船とは対照的で、宇高連絡船は保存された船は無いですよね。 この元サウンド・オブ・セトもインドネシアで活躍していれば良いですが・・・

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2008年4月20日 23:54

とんとんしゃん、大きいといっても国内専用のレストランクルーズ船としては最大級と言うだけで、実際は飛鳥の十分の一ぐらいの大きさしかありませんのであしからず。 海外に売られていった客船は全て現在の状況が気になってしまいます。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2008年4月20日 23:55

rvskyさん、東京港にも何度か来たことがあるらしいのですが、とうとうわたしは見れずに終わってしまいました。 残念でなりません。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2008年4月20日 23:58

アントンさん、ロイヤルイウイングと大して変わらない建造年ですが、雰囲気は全然違いますね。 常石造船は中堅ではなくて立派な大手ですね。失礼しました。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2008年4月21日 00:00

まなみさん、調べていただきありがとうございます。さすがです! まだ存命と聞いてほっとしました。 インドネシアは日本と同様たくさんの小さな島々からなる国なのでこういう客船需要は大きいのでしょうね。 バリ島では見られないかな?

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2008年4月21日 00:04

らつ子さん、ありがとうございます。 船はいつかは解体される運命と判っていても、末永い存命を祈らずにはいられません。 と、もうすぐ運命の日がやってくるザ・トパーズのことを思い出してしまいました

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2008年4月21日 00:07

こじ太郎さん、そうなんです! 青函連絡船は4隻も保存されたと言うのに、この宇高連絡船の保存船は一隻も無いのですよね。 このサウンズ・オブ・セトは同じ瀬戸内海で10年間も第二の人生(船生?)を過ごせて、幸せだったかも知れません

T
tueda672008年4月21日 20:59

実は昔、「境が浜マリンパーク」の小高い丘のデラックスホテルで宿泊し、「サウンド・オブ・セト」で周りを2時間ほどクルージングしたことを思い出しました。海上の満月を見ながら洋食のフルコースを食べたことも思い出しました。お陰様で懐かしい出来事が蘇って来ました。この船はもう日本にいないのですか。惜しいですね。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2008年4月22日 00:24

つえださん、いい思い出でしたね。うらやましいです。 波静かな瀬戸内海を巡るこんなクルーズ客船がまた現れて欲しいものです。

M
menaday2010年10月24日 02:06

こちらの絵をみて懐かしくなり写真を探して載せてみました。 http://menamomi.net/nk1998/0111.html 思い出して正確な絵がえがけるなんてすばらしいですね。

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