
日本郵船(建造時は近海郵船)の東京〜釧路航路の貨客船「雲仙丸」(3140トン、1942年)建造です、
太平洋戦争を生き延びた数少ない客船のうちの一隻で、1954年から運輸省航海訓練所に移籍して初代「銀河丸」となり、1972年に解体されるまで数多くの船乗りの卵たちを育て上げた名船でした。
長い煙突と、カウンタースターン、それに均整のとれた船体が実にうつくしい船だったようです。
ちなみに現在の「銀河丸」は3代目にあたります。

日本郵船(建造時は近海郵船)の東京〜釧路航路の貨客船「雲仙丸」(3140トン、1942年)建造です、
太平洋戦争を生き延びた数少ない客船のうちの一隻で、1954年から運輸省航海訓練所に移籍して初代「銀河丸」となり、1972年に解体されるまで数多くの船乗りの卵たちを育て上げた名船でした。
長い煙突と、カウンタースターン、それに均整のとれた船体が実にうつくしい船だったようです。
ちなみに現在の「銀河丸」は3代目にあたります。
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コメント
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こんにちはヾ(≧∇≦) ほんと綺麗ですね〜(o゚▽゚)o
かっくん、ありがとうございます。 練習船時代もなかなか素敵な船だったようです。
PUNIPさま こんばんわ。 白黒写真集に載ってそうな渋い風合い。 ちょっとハイキーな感じで、陽の当たる穏やかな春の海…と感じました。 戦中から生き残った貴重な船だったのですね。 近海郵船の東京〜釧路航路といえば、『サブリナ』『ブルーゼファー』姉妹を思い出す若輩者ですが、やっぱり、こういうスタイルの船に魅力を感じてしまいます。昔はこんな船だったのですね。 『銀河丸』の名前はこの船から始まったと、初めて知りました。 先代と現在の『銀河丸』しか知らなかったので、勉強になりました。 では、失礼します。
鉄軌星斗さん、この船はもともと鹿児島〜長崎〜大連航路用に建造されたようです。 それだけに室内装備も充実していて快適な北海道航路が楽しめたのではないでしょうか? 2代目「銀河丸」は現在アジア地域で商船三井の練習船「スピリット・オブ・MOL」として活躍中…近い将来、この船の絵も描いてみます。
もうすぐ8月15日、そのほぼ1年前に、沖縄の子どもたちを乗せた対馬丸の悲劇がありました。 こんど対馬丸を是非とも描いて下さい。
からやさん、「対馬丸」ですか〜 以前に一度描こうかと思ったこともあるのですが、画像資料がきわめて少ないのですよね。 いつか挑戦してみたいと思います。
中学2年生から東京の兄の所へ行くため、釧路から一人でこの船に乗せられ、2泊3日の船旅でした。太平洋の荒波で、しかも初めての船旅で散々の船酔い。でも、日の出だったか竹芝だったか、デッキから岸壁で見上げる兄を発見した時の喜び、その時鼻をかすめた揚げフライの都会的な香りと共に思い出します。。もう出会えないかと心配した雲仙丸を描いてくださって有難うございます。その後すぐこの船は役目を変えたのですね。 (20年ほど前に検索した時はこの船の写真の勇姿が検索できたのですが・・。)