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クルーズ旅行を、みんなの経験から。

青森港 冬景色

「人様の撮った素敵な写真をいただいちゃいましたシリーズ」(ひどいシリーズですこと!)、続きましては横浜港での船仲間であり、ブログ仲間のエレックさんが青森港で撮影した青函連絡船「摩周丸」です。エレックさんサンキュです。

左のタグボートは青森港の補助汽船「ふくうら丸」

どちらのファンネルマークもJRになっていることから1988年の終航直前のシーンであることが判ります。

このブログでも もう何度と無く絵に描いていてお判りのようにこの青函連絡船の「津軽丸」クラスは 日本船の中ではわたしが最も好きなデザインのひとつ・・・とくにこのディープブルーの「摩周丸」のカラーリングは秀逸だと思います。

エレックさんのお話ではこの時は真冬でものすごく寒かったとのこと・・・でもそれだけに青函連絡船らしさがよく出ているのではないでしょうか・・・こうしてアップするにはまだちょっと季節が早い気もしますけどね・・・

ところで、この絵を描くに当たってイメージを得るためにYOU TUBEでずっと聞いていたのはベタではありますが石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」やジェロの「海雪」といったド演歌

普段わたしはこうした演歌は全くといっていいぐらい聞かないのですが、いや〜こうして聞いてみると演歌って実にいいものですね〜(笑)

もう身も心もどっぷりと おじさんです。ハイ

ちなみにわたしは船の絵を描くときには、こうしてその絵に合わせた音楽を流すことがよくあります。

北大西洋のオーシャンライナーを描くときはクラシック、日本のカーフェリーや客船はJ-POP、カリブ海のクルーズ船はレゲエやカリプソ、グロリア・エステファンとか・・・

大桟橋の展示会用にアメリカ客船「ラーリン」を描いたときはずっとハワイアン・ミュージックを流していました。

これから描こうとしているのはなつかしの沖縄航路の貨客船・・・さて、嘉納昌吉か照屋林賢でも聞くとしますか・・・

このブログは、書いた人のサイトから取り込んだ記事です。元の記事を読む

コメント

10件

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O
ogakujira09342009年10月8日 07:03

おはようございます。 上野発の夜行列車降りた時から青森駅は雪の中♪ やはり青函連絡船にはこの曲が頭の中をよぎります。 私も演歌好きではありませんが・・・年取ったのかな?(笑) 「津軽海峡冬景色」改めて曲の存在感を感じずにはいられません。

S
SEA BIRD2009年10月8日 20:41

青函連絡船も「船らしい船」ですね。先々週、銀座天賞堂で発売された音入り(ドラの音と蛍の光)の青函連絡船の模型を購入、毎晩一杯やりながら聞いております。船は弊社建造の(入社前です)十和田丸。学生時代、敦賀から小樽まで乗った新日本海フェリー、船内のジュークボックスで繰り返し聞いた曲は「襟裳岬」と「瀬戸の花嫁」でした。どちらも船に合う曲でした。「瀬戸の花嫁」は今でも瀬戸内の高速船で港に着く度に流れていますよ。私は団塊の次の世代ですが。

Y
yattko トシ2009年10月8日 23:05

こんばんは 青函連絡船 と演歌 そんな雰囲気でていますね〜。乗ったことも見た事もないですが。「絵は歌心」でー 私も絵描く時何時も音楽聞いています。トシ

鉄
鉄軌星斗2009年10月9日 00:31

PUNIPさま こんばんわ。 青森港での180度ターンを桟橋から見たアングルですね! 垂れ込めた雲、風に舞い降ってくる雪…。 私がはじめて北海道に渡ったあの日の風景そっくり、いや、そのままです。 時刻表の連絡パターン通りに♪上野発の夜行列車から連絡船に乗り継いだ私は、残念ながら、連絡船のデッキからこれに似た風景を観ることしかできませんでした。 しかしこの作品、私の心にとても強く、懐かしく響くのです。 なぜなら、あの日私が乗った連絡船は『摩周丸』! この作品の主人公が、まさに、その後今に至るまで、おそらくはいちばん深く思い出に刻まれている青函連絡船の一隻、『摩周丸』だからです! この作品を拝見して、本当に感動してます。 私の心の中に大切にしまってあるあの日の『摩周丸』で過ごした津軽海峡の記憶が、素晴らしい絵画作品で蘇りました。 ありがとうございました。 では、失礼します。

J
James2009年10月9日 10:18

Punipさん、青函連絡船の絵をありがとうございます。 前にもお話しいたしましたが、私の父母が北海道出身でしたので小学校2年生の時に初めて北海道へ連れて行ってくれ、その時乗ったのが先代大雪丸。4本煙突から黙々と煙を吐き、船室は畳じきでした。ドラも船員さんが叩いて歩いていました。その後、同型の魔周丸にも乗船、高校生になって津軽丸型の津軽丸に乗りその後は全船に乗船し、連絡船終航後の「リバイバル航海」で、十和田丸に乗ったのが最後でした。 Punipさんと同じく私は津軽丸型は最高傑作の船容だと思っています。 実は私は演歌大好きです。知っている方はあまりいないでしょうが、北島三郎さんのヒット曲「函館の人」で「はるばる来たぜ函館ーー」という歌詞がありますが、一時期連絡船が函館に着く少し前になると船内にこの曲が流れていました。 だから、この時期に乗船した人しか知らないでしょうね。 Sea Birdさんの買われた天賞堂の津軽丸型の十和田丸を帰国したら購入しようと思っています。 最後に忘れてはならないのが、ふくうら丸!デッキから身を乗り出してその動きをいつも眺めていました。 James

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2009年10月9日 23:27

KUJIRAさん、「津軽海峡冬景色」はやっぱり名曲ですね。 お台場の羊蹄丸にまた行ってみたくなりました。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2009年10月9日 23:34

SEA BIRDさん、天賞堂の青函連絡船はわたしも欲しいのですが、色々あって とても買えません(泣) もし買うとしたらやっぱり「津軽丸」ですかね・・・ あの船のデビューは本当に衝撃的なものなんだと思います。 模型の汽笛やドラの音、一度じっくり聞いてみたいものです。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2009年10月9日 23:38

トシさんも絵を描きながら音楽を聴くんですか!やっぱり気分が乗りますよね(笑) 青函連絡船は今でも保存船として東京港でも見ることが出来ますので一度行って見ることをお勧めします。 http://www.funenokagakukan.or.jp/sc_01/yoteimaru.html

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2009年10月9日 23:43

鉄軌星斗さんが「摩周丸」大好きなのは聞いていましたが、そんなに深い思い入れがあるんですね〜 わたしはどの船も就航当時は見たことが無いので、実際に乗船された皆さんがうらやましいです。 こんな景色を一度見てみたかったですね。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2009年10月9日 23:46

Jamesさんは「津軽丸」以前から青函連絡船にお乗りだったのですね。わたしは4本煙突の姿は写真でしか見たことがありません。 「ふくうら丸」ってなぜか青函連絡船ファンのあいだでも人気が高いんですよね。重要な脇役といったところでしょうか?

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