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クルーズ旅行を、みんなの経験から。

懐かしの東海汽船 初代「かとれあ丸」

懐かしの東海汽船、第4弾はかつての東京〜大島航路の花形客船「かとれあ丸」(2210トン、1969年建造)です。

以前にも書いた覚えがありますが、少年時代にまだ新しかったこの船に家族で乗船して伊豆大島に行き、帰りに立ち寄った横浜港でP&Oの客船を見たことがわたしをこれだけの客船好きにさせてしまったという札付きの船でございます。

エントランスの階段にそそり立つ光の壁、豪華なレストラン、船底の怪しげなディスコ(?)、エンジンルームを覗ける大きなガラス窓、宇宙人の顔のようなデザインの細いマスト兼用の煙突、ブリッジの後ろには展望ラウンジがあって、ずっとそこで行き交う船や移ろい行く景色を眺めて過ごしていました。

1989年、タイに売却され、「シートラン・プリンセス」となったそうですが、その後の消息は判りません。

当時の社長が提唱した「走るレストラン」構想の集大成とも言える本船の登場は伊豆諸島航路のイメージを一変させました、外観シルエットは緩やかな曲線やシアーで柔らかな客船らしい優美さを醸し出し、当時我が国来航客船として有名なP&O客船「キャンベラ」や東海汽船フラッグシップ「橘丸」を彷彿させるものでした。

船内は吹き抜けのエントランスや個性を凝らした特等キャビン、広々としたダイニングサロンやデッキスナック、売店も上甲板の他、第二甲板や船橋甲板にも設けられ、船底にはアミューズメントホールとしてバーカウンターも用意され公室設備は当時の別府航路客船にも負けず劣らずの群を抜いたものでした。

竣工翌年には大阪で実施された万国博覧会へのツアー輸送で東京竹芝桟橋〜大阪弁天埠頭を航海し多くの人々の目に触れた他、昭和47年からは青山洋上教室で日本各地に寄港しました。

文 toshi@maru

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コメント

7件

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音
音実2008年11月4日 19:53

優しい姿のオフねですね〜(~o~)・・このマスト・・気になります〜 エンジンルームを覗ける窓なんて・・ワクワクしてしまいそう・・ あ・・展望ラウンジも・・☆

M
maro2008年11月5日 12:39

あ・・・マロよりヤング・・・(((^@^; 胴体部分の四角い場所は 荷物を積み込むところなのかな? デッキが広そうですね。茶色で描かれた部分を実際にみて見たいです。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2008年11月5日 22:58

音実さん、エンジンルームや展望室から見えるブリッジをずっと眺めていた乗り物好き少年でした。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2008年11月5日 22:58

とんとんしゃん、デッキはとても広かったです。

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2008年11月5日 22:59

内緒さん、それはすごい!楽しんできてください。

W
Watts2008年11月7日 08:41

懐かしいなぁ 私のツートン色好きの原点かもしれません

punipcruises
mr. punipcruises書いた人2008年11月8日 00:30

わっつさん、東海汽船の客船はこうして濃紺のツートンでなければ東海汽船らしくないですよね。 一時期、真っ白に塗られてストライプが描かれた時期がありましたがすぐ元に戻ってしまいました。

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