このクルーズを選んだ理由
当時の日本ではにっぽん丸しかクルーズ客船がない時代に1週間以内で行って来れる海外クルーズはないものかと探し回った結果、フィリピンでドーニヤモンセラのクルーズがある事を知り、独身男性4人で乗りに行きました。

mr. shibata さんの2回目の乗船記

2019年1月3日 投稿
1978年8月28日
5日間
友人
海側
総合評価
食事
サービス
客室
船内施設
🇵🇭マニラ(ルソン島)
🇵🇭セブ島
🇵🇭イロイロ
🇵🇭シコーゴン島
🇵🇭マニラ(ルソン島)
当時の日本ではにっぽん丸しかクルーズ客船がない時代に1週間以内で行って来れる海外クルーズはないものかと探し回った結果、フィリピンでドーニヤモンセラのクルーズがある事を知り、独身男性4人で乗りに行きました。
朝食はビュッフェ形式、昼食と夕食はフルコース料理でそれなりに満足できました。
音感豊かなフィリピン人のクルーが民族衣装を着てステージいっぱいに素晴らしい民族舞踊を披露したり、ビートのきいた音楽の演奏が印象的でした。 この時の乗船客は160名でクルーは50名と小人数だったので顔見知りになりコミュニケーションも良く快適に過ごせました。
総トン数4,438トンの客船なので部屋は天井は低くて窮屈でしたが全室バスタブ完備でした。 ベランダ付きの部屋などはありません。
小船ながら屋外プールもあり、バーやラウンジもあり充分でした。 バンブーダンスなど素晴らしいショーが多かった。 ビールの早飲み競争(大ざらにビールを注ぎスプーンて飲む)が開催され、私は優勝しサンミゲルビール券10枚を賞品で獲得しました。
🇵🇭フィリピン
乗船日の前日にタイ航空で到着し、夕陽に染まるマニラ湾を散策。翌日はろくにマニラ観光する時間もなくマニラ港の一番端の埠頭にタクシーで直行しました。
🇵🇭フィリピン
セブ島はスペインのマゼランが最初に到着した由緒ある島。セブ島はマニラに比べ、フィリピン第二の都市といえども田舎くささが残る町。 ショア・エクスカーション(9$)でフィリピンのビバリーヒルズやマゼラン記念碑等を回るコースを観光しました。
🇵🇭フィリピン
島の名前がイロイロという面白い名前のイロイロはフィリピンでは3番目に大きな都市。セブ島に比べ一段と田舎町。それ故町ゆく人も何となくのんびり。入港歓迎はセブ島でのひっそりとした入港風景とは大違いでまさに町あげての大歓迎。地元の小中学生くらいの人達の太鼓による演奏で始まり、続いて民族衣装を着けたフィリピン青年が岸壁いっぱいに勇壮な踊りを繰り広げてくれ心暖まりました。当時のフィリピンではルソン島とイロイロ島しか鉄道がなく、イロイロ市とロハス市を南北に結ぶ鉄道はイロイロ市からロハス市までは特急で5時間近くかかるので乗車するのは諦め、撮り鉄を決行。汽車がバッチリと撮影できそうな場所を探し、汽車を待つこと30分余り。果たしてやって来た汽車はSLではなくディーゼル特急でした。
🇵🇭フィリピン
シコゴン島はフィリピンでも有数のリゾートの島。エメラルド・グリーンの海とスカイブルーの空とグリーンの島々が一体となり地上の楽園そのもの。島には波止場がない為はしけで島に渡り、昼食はビーチでビュフェスタイルの食事が提供されとても風情がありました。テーブルの上には蟹やチキン、魚などが盛り沢山に並べられ、ひと泳ぎした後には食欲を誘うものばかりでした。 午後からはコテージ風のクラブハウスで優雅に過ごし、新婚旅行などで来たら最高だと思いました。
フィリピン観光と言えばマニラかセブ。今回訪れたイロイロやシコゴンは船でしか行けない孤島で綺麗な海を眺めながらノンビリできました。マリンスポーツをしたりして俗化されていないフィリピンの素晴らしさを味わいたい人。 小さな船なので乗船客とも親しくなり、この時知り合ったオーストラリアの夫人と毎年クリスマスカードを交換していたら12年後、息子さんの結婚式に招待され、メルボルンまで行くことになりました。
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